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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)882号 判決 1963年5月29日

控訴人 杉田善右衛門

右訴訟代理人弁護士 赤鹿勇

同 坂口繁

右赤鹿勇復代理人弁護士 竹内知行

同 津留崎利治

同 木田好三

被控訴人 後藤桂子

右訴訟代理人弁護士 中村喜一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

証拠関係 ≪省略≫

理由

一、控訴人がその主張の山林(以下本件山林という)を所有していること、被控訴人の先代繁蔵(以下繁蔵という)が昭和二〇年秋頃本件山林のうち六反余地上の杉立木合計五〇七本を売却したうえこれを伐採させたこと、右繁蔵が昭和二五年八月二八日死亡し、被控訴人が同人を相続したことは、いずれも当事者間に争がない。

しかして、原審証人岩本茂≪中略≫の各証言に、原審における被控訴人親権者後藤福枝本人の供述を総合すると、繁蔵は前記昭和二〇年秋頃控訴人所有の前記立木を自己所有の隣接山林上の立木とともに、奥田のぶの仲介により木材業者である和泉豊七に代金合計一八、〇〇〇円で売却し、その頃同人をしてこれを伐採搬出させたことが認められ、原審証人水谷才次郎の証言中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。

二、被控訴人は、繁蔵が右立木を売却するにつき控訴人の支配人垂谷宗太郎の承諾をえた旨主張するが、右主張を肯認するに足る証拠はなく、かえつて、原審における証人水谷才次郎≪中略≫を総合すると、繁蔵は前記昭和二〇年秋頃同人所有の山林立木を伐採搬出するに際し、その下方に位置する控訴人所有の本件山林の一部を伐採するのが便宜であつた事情から、控訴人に無断で前記のように控訴人所有の立木を他に売却伐採させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しからば、繁蔵は不法に控訴人所有の右立木を売却のうえこれを伐採させて控訴人の所有権を侵害したものであるから、これによつて控訴人に生じた損害を賠償すべき義務を負担するにいたつたもので、その相続人たる被控訴人が右賠償義務を負うことは明かである。

三、そこで、損害額につき考察する。

(一)  およそ、不法行為により物が滅失した場合の損害は、原則として右不法行為時を基準としてその時の交換価格により算定すべきものである。被害者が目的物の特別の使用収益もしくは滅失後の価格騰貴によつて得べかりし利益のごときは、いずれも特別事情による損害として、右不法行為当時確実にそれを取得したるべき事情が存在し、かつ、右事情が予見し又は予見しえた場合であることを要すると解すべきである。これを、本件のごとき山林立木の不法伐採についてみると、立木は伐採しなければ年々生育増量するものであるから、伐採を目的とする山林にあつては、右立木滅失による損害額は当該立木が通常伐採適令期にあらざるものについても、滅失当時の時価によることなく、右立木の伐採適令期における価格をもつて通常生ずべき損害と解するに妨げない。しかしながら、立木所有者側に右立木の伐採適令期にいたるもこれを伐採することなく継続して育成せしめ、右伐採期経過後のある時期にいたつて伐採することを特に有利とする事情が存し、右時期における得べかりし利益の喪失を損害として請求する場合は、前記特別事情による損害と解するのが相当である。

ところで、原審における鑑定人岩本佐兵衛、同岩本武次の各鑑定の結果によれば、本件立木伐採当時の樹令は平均約四六年生であり、右事実に原審証人植村朋一、同和泉豊七の各証言および同証言により認めうる右立木中の一部に虫害を蒙つた立木の混在していた事実ならびに弁論の全趣旨を総合すると、右立木については、ほぼ通常の伐採適令期に達していたものと認めるのを相当とする。したがつて、控訴人が右立木の通常伐採適令期をさらに数年経過する昭和二七年頃に、これを伐採利用することを特に有利とする事情の存したことを主張し、右伐採予定時におけるその時価をもつて損害を請求する本件にあつては、右事情はいわゆる特別事情と解すべきであるから、右不法行為当時これを伐採する意思がなく、前記昭和二七年頃をもつて、伐採予定時期とすべき計画が控訴人に確実に存し、かつ、右事情を被控訴人において予見し、ないしは予見可能な場合にのみ、被控訴人は右伐採予定時期の時価による損害の賠償をなすべき義務があるといわねばならない。

そこで、まづ、控訴人に前記特別事情が存したか否かについてみるに、当審における控訴本人の供述を総合すると、控訴人は前記城東区内に戦前土地約一五〇、〇〇〇坪、貸家約四〇〇戸を有し、右家屋の修復ならびに新築用材に供するため右繁蔵のすすめもあつて大正一五年頃と昭和八年頃の二回にわたつて本件山林を入手したこと、控訴人は戦災により前記貸家中約一〇〇戸を焼失したことが認められるけれども、前掲控訴本人の供述によるも、控訴人は本件立木不法伐採の行われた当時において、戦後の時勢安定をみはからつて、本件山林立木を利用して、前記罹災家屋の新築修復をなすべきことを希求していたという程度の事実を認めうるにすぎず、当時控訴人が前記認定のようにほぼ通常の伐採適令期に到達していた右立木を伐採しないで、控訴人主張の昭和二七年頃まで生育せしめたうえ、右時期にいたつてこれを家屋修繕用材として伐採し、残余は他に売却するがごとき計画が、控訴人側に確実に存していたことを認めることはできず、他にこれを肯認するに足る証拠がない(右控訴本人の供述によると、控訴人が戦後貸家の新築を開始したのは昭和二五年以降であることが明かである)。

したがつて、控訴人主張のように、本件不法行為当時既に終戦後のインフレーシヨンが昂進して諸物価騰貴し、住宅払底のため住宅用材の需要増加に伴い立木価格の急騰がみられたとしても、右一事によつて本件不法行為の後である昭和二七年を基準としてその立木最高価格をもつて損害を請求することはできないというべきである。

しかのみならず、本件立木の不法伐採の行われたのは、前記のとおり終戦直後の昭和二〇年秋頃であつて、控訴人主張のような戦後におけるインフレーシヨンに基く異例の物価騰貴が一般の社会経済事家として顕在化していたものとは認め難いから、当時前記繁蔵において、控訴人主張のごとき右立木の価格騰貴(前掲鑑定人岩本武次、同岩本佐兵衛の鑑定の結果によるも、控訴人主張の昭和二七年当時において右立木の一石当りの価格は金四、五〇〇円で、後記認定の右伐採時の同価格金二二円五〇銭と比較して約二〇〇倍の騰貴である)を予見し、又は予見しえたとみるのは無理である。したがつて、控訴人の主張は、この点よりみても失当といわねばならない。

(二)  また、控訴人は、物の滅失毀損による損害賠償請求権の本質が、その原状回復請求権たることを根拠として、本件立木の価格は伐採後判決執行時までの期間に生育したるべき立木価格を基準とすべきものであると主張する。しかしながら、物の滅失による損害賠償といえども、それが損害の填補であるべき以上、滅失当時における価値状態を作出することによつて原状回復の目的を達しうるものであるから、原則として当時の交換価格をもつてその損害額を算出すべきが当然で、この理は目的物が本件のごとき山林立木にあつても異なるものではなく、ただ、本件のごとき伐採を目的とする山林立木においては立木の自然生育増量を考慮してその通常伐採適令期にあらざる立木についても、同時期における立木価格を基準として算出するのが相当であるにすぎず、滅失後の価格騰貴自体が当然に損害となるものではない。右騰貴価格相当の損害を請求するには、右価格をもつて転売その他の処分をなし、右利益を確実に収得したるべき事情とその予見可能性の存在を必要とすること既に説示したとおりであつて、本件においては、さきに判断したごとく右特別事情の存在を肯認しえないので、控訴人の右主張は採用しがたい。

(三)  さらに、控訴人は、被害者において不法行為による被害事実を過失なくしてこれを覚知しえなかつたため、その間損害が増大した場合は、右損害の増大が通常の事情によると特別の事情に起因するとを問わず、またその予見の有無にかかわりなく右増大した損害を加害者に請求できると主張する。損害賠償における公平の原則ないし信義則適用の一場合として請求者側にいわゆる損害避抑義務なるものが認められる結果、物の所有者が被害をより早く発見すべきに過失によりその発見がおくれ、あるいは、損害発見後にいたつて、損害を最少限度に止めるべき手段を講じなかつた場合、右事情が損害額算定にしんしやくせらるべきことはありうるとしても、請求者側に存するかかる損害避抑義務の反面として、請求者に右義務違反のない場合に、加害者が被害者の被害発見時における増大した損害をも当然賠償すべき義務を負うとする理由はない。

したがつて、原審における控訴本人の供述によると、本件山林は遠隔の地にあつたため、控訴人は従来より管理人を置いてその管理に委せていたところ、昭和二五年五月頃伐採のため右山林を視察した際初めて本件伐採の事実を知つたものであることが認められるけれども、右事実があるからといつて、控訴人の右主張を採用することはできない。

(四)  以上判断したところによれば、前認定のとおり伐採を目的とする本件山林立木については、右立木が、ほぼ通常の伐採適令期に達していたことからして、その不法伐採による損害は、右不法行為時たる前記昭和二〇年秋頃の時価によるべきものであつて、原審証人奥田のぶ、同和泉豊七の各証言によると、当時の価格は一石当り金二二円五〇銭であつたことが認められ、右認定に反する原審における鑑定人岩本佐兵衛、同岩本武次の各鑑定の結果は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。しかして、原審証人植村朋一の証言ならびに同証言により成立を認めうる乙第三号証によると、前記杉立木五〇七本の石数は六六五石であつたことが認められ、右認定に反する原審証人水谷才次郎の証言ならびに同証言により成立を認めうる甲第四号証の記載、前掲鑑定人岩本佐兵衛、同岩本武次の各鑑定の結果、当審における控訴本人の供述はいずれも採用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、前記立木五〇七本の前記昭和二〇年秋頃の価格は金一四、九六二円五〇銭であることが計算上明かである。

四、しからば、被控訴人は控訴人に対し金一四、九六二円およびこれに対する不法行為後である本件訴状送達の翌日たること記録上明かな昭和二八年一月二五日から右支払済にいたるまで法定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、控訴人の本訴請求は右金員の支払を求める限度で理由があつて、その余は失当として棄却すべきものであるから、右と同旨に出でた原判決は正当である。

よつて、本件控訴を棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 沢栄三 判事 斎藤平伍 中平健吉)

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